やっぱ戦場カメラマンっていうのは、俺とは決定的に人種が違うと思う。彼らの多くはむちゃくちゃモラリストだからね。何の衒いもなく正義を声高に叫ぶし。いや、それはいいんだよ、全然。尊敬もするしさ。うざいけど基本的にはあるべき方向だと思う。そうかと思うと、10人に1人くらい、やくざなね、格好だけのさ、ハンティング・ワールドなんか着て、いいカメラを何台も首からぶらさげた、絵に描いたような悪いカメラマンがいるんだよ。
── 戦場でハンティング・ワールドはまずいですね(笑)
釣崎 典型的なやばいところに行けば行くほどさ、そういう漫画みたいな奴がいるんだよ。最前線なんかさ、銃弾くぐり抜けてやっとこさ前線に出たと思ったら、年寄りの有名なカメラマンばっかなの。みんな防弾チョッキなんか着てないで白いシャツ1枚で自由にのびのび撮影してるわけ。それこそ弾の方が彼らをよけてるような、なにか山奥で神仙かなにかに出会ったような妙な気分だったよ。
"東京の吉祥寺は一見、おしゃれなイメージがあり、それは事実なのですが、夜になると、吉祥寺のある一帯は中国人アンダーグラウンド経済の支配下にありました。
具体的には、吉祥寺駅の北口を出てすぐ右に歩き、交差点を渡り、高架横の歩道を突き当たりまで歩くと、そこに南北に伸びる道があります。この道沿いでは、深夜12時頃を過ぎると、大勢の中国人女性たちが道に立ち、また、あまり知られていないですが、いくつかのマンションが風俗営業のために「建物ごと」買い占められています。
この状態は10年くらい前から徐々に始まり、警察などから黙認されているのか、今では大っぴらに数多くの女性などが道に立ち、道行く男性たちに声をかけていました。この道の存在を知らない人には非常に奇異な光景に見えると思います。
先日、震災後に何回か深夜そのあたりを歩きましたら、その人々は「全部」消えていました。
どれだけ警察が浄化という名目で乗り出しても、決して消えることがなかった中国人の人たちは、地震と放射能で消えました。この10年間くらいで、深夜でそのあたりで中国人女性の姿を見なかったのは、多分、初めてだと思います。
(kotoripiyopiyoから)
なんど研究を投げ出して医者にもどろうかと思ったことか。しかし、35歳で死ぬかもしれんのだから、とりあえずそれまではがんばろうとふんばっていた。そうして迎えた35歳の誕生日。あぁ、いよいよやめるべき日がきたかと思ったけれど、いざとなると、精神は弱く慣性は強し。いや35歳はまだ364日ある、と言い訳をしながら続けることに。そしていよいよ自らが設けた仕切り、36歳の誕生日が目前にせまったころ、二つの、小さいけれど忘れられないできごとがあった。
ひとつは、お風呂でシャワーを浴びていた時に、悲しくもなんともないのに、涙がぼろぼろこぼれたことである。あとにもさきにも一度もない、ものすごく不思議な経験であったけれど、なぜか「あぁこれがボトムなんや」という気がした。そして、これが最悪やったらどうということはない、と、ずいぶんと楽になった。かといって研究は進まず、いよいよ辞めんとあかんかなぁ、という気持ちはつのる一方であった。
京都大学というのは、ちょっと特殊事情があって、大阪のような遠くから通ってくるのは少数派で、多くの人は大学の近辺に住んでいる。だから、研究時間はかなりフレキシブルで、夜中に実験する人もけっこういる。私も、実験で遅くなった時のために大学の近くに部屋を借りていたのであるが、その涙の日から何日かたった眠れぬ夜、午前二時頃にふらっと研究室に出かけた時、二つめのできごとに遭遇した。
当時講師であった私は、「六研」という大きな研究室を一つまかされ、7~8人の大学院生たちを指導していたが、その夜、夜中の二時というのに、なんと、その部屋の全員が実験をしていたのである。めったにあることではない。心底おどろき、我が目を疑った。辞めるということは、この子らの研究指導を途中でほうりだすことなのだ。こんなにがんばってくれているのに、そんなわけにはいくまいと、36歳の誕生日をすぎてから、もうすこしがんばる決意をした。
そして一ヶ月あまり。それまでもやもやしていた研究が劇的に進み、ゴールデンウィークあけに目が覚めるほどすばらしいデータが出た。いまでもそのデータを見た時の興奮は昨日のことのように思い出せる。うれしくてうれしくて、キャンパスのまわりを、意味もなく、1時間も2時間も自転車で走り回ったのだから。そして、その研究が無事にScience誌に掲載され、母校大阪大学の微生物病研究所教授へと栄転することがきまった。
いいデータが出てしばらくしたある日、鼻歌を歌っている自分を発見して、あぁ鼻歌を歌うのはどれだけぶりだろうか、と驚いたことがある。後から振り返ってみると、限界まで追い詰められていたのかとわかるけれど、追い詰められている時というのは、そこまでとは思っていなかった。苦労を売りにするようでは、人間、最後である、と常々思っているし、苦労などしないにこしたことはない。しかし、あの頃の苦労があったから、それ以降、たいがいのことがあっても、まぁ、あれに比べればどうっちゅうことはない、という腹のくくり方ができているのも事実である。
カタルシスのような涙がなかったら、そして、午前二時の研究室全員集合状態がなかったら、36歳の誕生日を契機に研究を辞めていただろうと思う。ひょっとしたら、あのころは、私の近くに神様がいて、あと一歩だからもうちょっと続けなさいと励ましてくれていたのかもしれない。研究をしていると、必ずしんどいことがあるし、そのしんどいことを乗り越えないと、次の一面に挑戦する権利すら与えられない。残念なことに、努力は必ずしも報われるとは限らない。しかし、かつての大阪大学総長・山村雄一先生が残された名言「天命を待って人事を尽くす」という姿勢だけは保っていないと、決して前に進むこともできないのだ。二つの小さな出来事がなければ人事を尽くせなかっただろうと思うと、とても不思議な気がする。でも、天命や運命というのは、ひょっとしたら、その程度の小さなことで決まっていくものなのかもしれませんね。
"・私は「運命」とか「意味ある偶然」とかはまったく信じていない。また、そういうものがあったとして、そういうものを意識して生きて行ったとしても、意味がないと思っている。
・「芸術かエンタメか」という二元論には、もはや意味はない。
・「面白いから好きなんだ、面白いから面白いんだ」という主張は、ある時期まで(正確には80年代いっぱいまで)逆説的に意味を持っていた。「あえて人間や時代を描かない」という方向を目指した小説ジャンル「新本格」や、「人間は機械である」的な主張の入った「サイバーパンク」も、そういった時代の流れの上にある。
だが、今は「面白いから面白い」というトートロジーには、意味はない。
・タランティーノは、「サンプリング、カットアップ、本歌取り等」の手法で映画をつくったから重要なのではなく、そこにきっちり自己の主張が込められていたから、今でも映画を撮ることができる。
・一般庶民は「殺伐としたもの」をまるで他人事として喜べる存在である(きじまかなえ騒動しかり)。そして、問題なのは、芸能・犯罪実話よりも、「物語」として「殺伐としたもの」を「何となく」消費しているという点にある。
私がそれをただの「現象」ではなく「問題」としているのは、私には私の望む世界が、あるからだ。
・象牙の塔の中のインテリとストリート的バーバリズムという対立概念も、もう古い(大学そのものの体質の古さとは、また別問題である。)
・政治や経済に対する批評、論評は、「結果」が明確に出るので主張する者もそれなりに責任を取らされるが、文化方面に対しては、正反対のことを言ってもトボけていれば、風化が早く、「何が正しいか」は簡単にウヤムヤになってしまう。
・「神話」、「物語」をメカニカルに分析・解体することと、その「神話」、「物語」の「霊性」とでもいったものは、まったく別の領域に属する。
それは科学が発達しても、みんなお墓参りに行くのと似たようなことである。
・「自分探し」は、そろそろ「批判されすぎ」だと言うべきだろう。結婚して一流企業に入れば「大人」のフリをできた時代と比べると、現代は自分の「居場所」を確保することがはるかにむずかしくなっている。「自分探し」という言葉自体が、もはや悪意をもったミスリードである。
本来は「居場所探し」と言っていいだろう。居場所のいらない人など、いるのだろうか? いや、いない。
本当の問題が「自分を探す」ことではないことだとわかっているくせに、いまだに判で押したような「自分探し批判」をする人は、何かをわかっていて隠蔽しているのか、それともお気楽なのか。
・現在、五十歳代くらいで「政治的に若者はどうふるまうべきか」という方法論は、ほぼ完ぺきに断絶した。若い政治団体で、看過しがたい問題行動を起こしているところがあるが、そういうことも、「ある時期から政治的ふるまいの方法が断絶した」ことを考えると、違ったふうに見えてくるはずである。
(オウム事件も、そうした流れの中で起こったことは自明である。)
・「上から目線批判」で当惑している人は、今までそうした「ハッタリ」を常套手段として使ってきた人たちだろう。
私個人は、「上から目線批判」は、「相手の態度だけで批判する」という(「上から目線批判」を批判する人が主張しているような)思考停止ではなく、「ネットマナーのゆらぎ」の問題だと思っている。なぜなら、「上から目線」という言葉は、おそらくネットがなければ成立しない言葉だからだ。
まさか大学の講師に「あなたは上から目線ですね」と言う受講生は、いまい。
近所の小学校から数百メートル先の家の前にランドセル背負った太った女の子が学校に背を向けながら立ち尽くしてて、その子のお母さんの「夜は寒くなりそうね!」という問い掛けに「夜なんかどうだっていい」と答えててハードコアだなと思った
"・JRのキップは無料で何度も「途中下車できる」
JRの乗車券は、走行距離101キロ以上の乗車券のみ途中下車が何度も可能です。つまり、途中下車をしても乗車券をJRに渡すことなく、何度も使い続けることができるんです。「何度も」とはいっても、乗車券の有効期限内のみ有効です。有効期限は200キロごとに増えていき、200キロまでなら2日間有効、400キロなら3日間、600キロなら4日有効になります。
たとえば東京から京都までの乗車券を持っていれば、途中の静岡で途中下車してホテルに泊まっても翌日続けて乗車券を使い続けることができます。気になる人は、細かいルールがありますのでJRサイトをご覧ください。
東浩紀×川上量生 ハイコンテクスト文化となったニコ動はどう変わるべきか(1/2ページ) | ニコニコニュース
たとえば広島からの紆余曲折のストーリーを知らなくてもPerfumeの今のダンスを見ればそれだけで楽しめるわけだ。そして歴史や背景を知ればより深みにはまる二層構造。
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これまた回ってきたか。いつもどうもありがとう。
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